155zagato story 001
 155Z 誕生とその背景1
ZAGATOとしての過渡期に生み出された”155ZAGATO”
SZやRZ(ES-30)のような徹底した改修をされたわけでもない。

TI-ZのZAGATOとしての位置づけとは?
どのように造られたのか?
そして・・・どうなってしまったのか

雑誌や当時のチラシ・パンフレット等の資料、当時の関係者の方々からのコメント、調査した実写が語る事実と投げかける疑問、そして僕自身の考察をごちゃ混ぜにした”ヨタ”話をココに。

嘘も間違いもあるでしょうが、そのアタリも突っ込んでいただけると幸いですね。

ZAGATO社 体制の変更
1993〜94年、ZAGATOは3つの会社にわかれました。90年代に入って不況の煽りを受けて車内の部門単位を独立化。
 デザイン関連のSZ design s.r.l.
 車両の生産、販売を行う Z automobili s.r.l
 旧車のレストアをおこなう Z Prototipi s.r.l
この分社化自体をZAGATO社誕生75周年記念と位置づけました。
(分社化はしましたが、それぞれの本社はmiranoのTerrazzano di Rhoで、所在地は一切変わっていません。)


TI-Zの発表会 75周年記念マークが背景。
(葉山町福祉文化会館 94年9月3日)
車両の生産を担当するZ automobiliは日本のS&S engineering co.,ltdと提携、S&S社内にSZ automobil co.,ltd.を設立し、ZAGATO製品の販売する準備を開始しました。155TI-Z、GTA-Zとともに。

Z-prototipiの工場の稼動状態のビデオを葉山で見させてもらったわけですが、近代的とは程遠く、職人がハンマーとあて板で車体を作っていました。
155ZAGATOの試作等はココで行われたのかもしれません。

最終的には(97年ごろ?)デザイン部門のSZエンジニアリングだけが残る結果になったわけですが・・・

それは、また後の話。


S&S社が関与してたわけですよ、TI-Z。

ZAGATOと日本の販売店
75周年企画モデルとして155TI-Zを立案、試作を開始したZAGATO社ですが、日本での販売体制が確立するまでにはかなりの紆余曲折をすることになりました。過去の資料(名称・住所・電話番号より)から整理すると

ZAGATO JAPAN co.,ltd
一応総輸入元です。ただ、TI-Zの販売は下記のS&S社がメインでした

S&S engineering co.,ltd.
/SZ automobil co.,ltd. 
S&S社といえば、スカイラインで有名な櫻井さんの会社です。会社設立は94年。最終的には155Zの製造・販売と改造を行うことになります。
右の社屋イラストにはTI-Zがいます。
なお、住所を調べるとSZ社はS&S社の社内にあります。総販売元なのですが、実際の販売はメイン・サブ代理店経由です。
155他、アルファロメオのAT仕様の製作、オプション品と卸販売(エキゾーストとか)、そしてGTA-Zのチューニングを行っていました。

Villa ZAGATO HAYAMA co.,ltd.
/ZAGATO CORSA co.,ltd
所謂葉山のショールームです。こちらも二つの会社が。
コルサの会社が何をやっていたのかは良くわかりませんが、住所の書いた封筒がなぜか手元にあったりします。
ショールームのオープンは9月4日、葉山での発表会の翌日となります。



S&S社 社屋イラスト

ZAGATO葉山ショールームイラスト
日本での協力会社を設立し、155のZAGATOモデルを量産すべく動き出した新生ZAGATOではあったのですが,
販売を始める前に、いろいろと問題が出てきてしまうのです。会社の経営、車両の入手問題、そして工場・・・
その2へ続く

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