155zagato story 012
 155Z そのデザイン1
ここでは、155ZAGATOと、その目指したモノについて考察してみたい。
先にも述べたが、155TI-Zは、DTMでのイメージを強く押し出した、ZAGATOによるロードゴーイングカーをデリバリーすることを目的として設計されたと考えて良いだろう。
92年にIDEAから復帰したエルコレ・スパダにとっては、非常に素性を知った車両をベースに開発を行うことが可能であり、ES-30による工場へのハンデを背負った状態でのZAGATOとしてはそれほど負荷の高くないプランとして決定を行ったのではないかと推測をする。
よく言われることだが、「TI-Zは155GTAのイメージが強い」と
しかしながら、155GTAはZAGATOのデザインではない。さらにはIDEAでもない。
TIPO 2/3プロジェクトのデザインを担ったスパダではあったが、レースカーとしてのGTAのデザインはシンテシス・デザインのカルロ・ガイノが行ったといわれている。

ガイノはランチャのグループS車両のデザイン時にアバルトと協力していたという話がある。155GTAプロジェクト自体がランチャWRC撤退後のアバルトの移行先であったことも、シンテシス・デザインへの仕事が依頼された理由の一つと考えられる。

なお、GTAのプロジェクトが開始したのは90年末、91年モデルのWRC用デルタの開発が終了した時期、アバルトワークスのラリーフィールドにおけるノウハウをサーキットへ転換するのに1年間を必要と判断したFIATによる戦略であった。そしてまた、TIPO 2/3プロジェクトの最終段階時点である。

右のイラストは当時のデザインスケッチだが、サイドのラインにおいては、当初からブリスターフェンダー化によるGTAそしてその後のTI-Zのイメージを見ることが出来る。

ガイノによるGTAデザインその1
サイドのフェンダーラインが美しい。

GTAデザインその2
3ボックス車ゆえの空力対策についての
思案を垣間見ることが出来る。
FORD RSの影響も受けているのだろう

かくして、開発された155GTAは155の販売と同時にレース活動へ参加、圧倒的な強さで92年のイタリア国内選手権で総合優勝を飾ることとなる。
実際にレースへ投入された車両と、プロトタイプとでは細部が異なるが、これはレギュレーション等による問題もあったための小変更と考えてよいだろう(まぁ、開発車両であるがゆえ実際のスペック等がいまさら明らかにされることもないだろうし)。
このGTAの成功を足がかりに、アバルト、そしてアルファコルセは主戦場をDTMへ向けることとなる。その後の活躍については、言うまでも無いだろう。

ALFAROMEO社のポスター等に掲載されたGTAは右のアイライン付き・リアウイングの異なるショートノーズ(ショートリップというべきか)タイプであった。サイドスカートも通常の155に下部を追加したようなデザインとなっている。Q4モデルはこの車両のためのホモロゲートモデルであった。

余談ではあるが、このプロトタイプ型のミニカーのキットが過去にRACING43から販売されていた。現在絶版




155TI-Zの開発がスタートした時点では、V6TIのようなエボリューション化をすることまではZAGATOとしても読むことが出来なかったのではないかと思う。なぜなら最終的にデリバリーされた車両のイメージはGTAであって、DTMのV6TIとは程遠い。イメージ的に合致するところはリヤアンダーのディフューザースカート部程度ではないだろうか。

ただ、V6TIのオーバーフェンダー化を知っていたとしてもあのスパダがTI-Zのオーバーフェンダー化を断行したとも思えない。なぜならV6TIのデザインはZAGATOのもつイメージとは少々離れすぎていると思う。あれはアバルトのソレだからだ。

右下のイラストは155TI-Zプロジェクト当初のデザインスケッチ。イメージ的には155GTAプロトの色がかなり濃い。というよりはその上の実写の写真と比較するとそのままである。シートやワイパー等に市販車両のイメージを残し、ストリートユースの車両であることをアピールしている。
スカートラインでの色分けもこの時点で現れているということ、GTA,V6TIに続くフロントスポイラーのインテークについても確定しているようだ。
おそらくこのデザインが確立したのは92年の中盤、CIVTで155GTAが旋風を巻き起こしているときだと思われる。



155GTAプロトティーポ


ZAGATO DESIGNによる155TI-Z
ホイール、スポイラー形状等酷似。

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